『 父と暮せば 』上演に向けて    ストアハウス代表 木村真悟

竹造さん、そして美津江さんへ
 
父のことを思い出しました。
2018年、龍昇企画による「父と暮せば」を見た時のことです。
私の父は、2007年、76歳で亡くなりました。
父は、昭和6年、青森県上北郡百石村(現おいらせ町)で、12人兄弟の6男として生まれました。そして、5人の兄は5人とも戦争に駆り出されました。
そのうち、北海道で終戦を迎えた次男、横須賀で船待ちをしていた五男は、何とか帰ることはできましたが、残る3人は帰らぬ人となりました。
芝居を観終わって、戦死した父の兄弟、私にとって叔父たちの事が気になった私は、父の死亡時に役場から取り寄せた父の原戸籍謄本を見直しました。
 
長男富太郎、大正4年10月26日生。昭和20年4月10日、中部太平洋方面に於いて戦死。
戦死報告、昭和21年6月17日。
 
次男堅次郎、大正6年9月20日生。昭和20年8月9日(時刻不詳)下北郡田名部に於いて戦死。
戦死報告、昭和21年6月17日。
 
四男勝之助、大正13年9月19日生。昭和20年1月27日(時刻不明)比島ルソン島パンガシナン州シソン183高地に於いて戦死。
戦死報告、昭和22年12月2日。
 
父は、兄たちのことをほとんど何も語りませんでした。
子供の頃、仏間に飾られている写真を指差して尋ねる私に、戦争で死んだとしか答えてくれませんでした。
終戦時、14歳だった父にとって兄たちとの記憶は語るべき内容を持っていなかったのでしょうか。
幽霊と、おしゃべりを続ける美津江さん。
幽霊となって現れる竹造さん。
靖国神社に一度も行かなかった父もまた、幽霊になった兄たちと会話を続けるために沈黙をつらぬいたのではないかと、最近考えます。
勝之助叔父は、美津江さんと同級生です。20年の短い生涯でした。
生きていれば、勝之助叔父も美津江さんも98歳。
竹造さん、美津江さん。
今回の「父と暮せば」は、父と一緒に、いや父だけではなく顔を見たこともない叔父たちと一緒に拝見させていただこうと思っています。